「この家には居場所がない。あなたもあの娘もあたしなんて要らないでしょ?」
その言葉は、今でも私の記憶から消えることがない。
かつて妻だった女性が、私の家を出ていったときに言った言葉だ。
もう10年以上前のことになる。
前妻のお墨付き。生真面目な父と娘の異様な未来
妻が家庭内で居心地が悪そうなのは、何となくだが感じていた。
だが、その当時の我が家には、一見してわかるような問題は何一つなかった。
真新しい新築の一件家に、綺麗な庭。
私の勤める会社は育児にも寛容だったから、生活の上でも特に不満を掛けたことはなかったと思う。
まだ小さかった愛娘も、すくすくと育っていた。
何より、妻と私の間には特に喧嘩の種もなく、前触れとなるようなことがまったく思い当たらなかった。
だから、ぎこちない妻の態度は日頃から私には不思議なばかりだった。
いよいよ関係が破綻したときも、妻が何を言っているのかがわからなかった。
つぶやくようにそれを口にしながら彼女が玄関のドアを静かに閉めたとき、私はあっけにとられることしかできなかったのだ。
けれど、今になって、ようやく私は妻の言葉の意味を理解した。
妻本人にとっても予感めいたものでしかなかったのだろうが、それは忌まわしいほどに的を得ていたと言える。
そう、あのままこの家にいたとしても、妻の居場所はいずれなくなっていただろう。
妻自身に原因があったわけではない。
私と、娘。
あの頃、微塵もそんな兆しはなかったし、私もそんなことになるとは夢にも思っていなかった。良き父親であろうと日々奮闘していた自負はあるし、自分は精神的にも成熟した大人だと思っていた。
だが、わからないものだ。
現在、私と娘は、幾分古びてきた感のある我が家で、お互いの身体を貪りあう仲になってしまった。
娘の中に生まれたおよそ異常としか言いようのない感情に対して、常識的な形で応えられるほど、私はよき父親でも成熟した人間でもなかった。敢えてもったいぶった説明をするならそんなところだろうか。
そんな、およそ一般的とは言い難い性質の片鱗を、おそらく妻はわたしたちのどこかに見て取ったのだと思う。
まっとうに生まれ育ち、まっとうな家庭を夢見ていた妻にとっては、その直感だけでも離婚を決断するのに十分だったのだろう。
妻との離婚協議は早々に進んだ。
理由はどうあれ関係が完全に終わったことは明白だったし、長引かせる気は私にもなかった。
娘のためにも少しでも早く、日常を取り戻さないといけないと思ったからだ。
妻はわたしたちとの関係を断ち切ることだけを最優先してきたから、協議の過程で足踏みするようなことは起こらなかった。
男やもめになった私は、それまで以上に暮らしに全力を注いだ。
収入は維持しなければならないが、これまで以上に育児に力を入れざるをえない。
とはいえ、保育施設探しにはそんなに苦労しなかったから、家事の手間が増えた以外には表面上はさほどの影響はなかった。
会社の同僚たちも、残念だったなと言いながらも好意的に応援してくれたし、上司は上司でいい機会だと言って、それまで名目だけの存在だったフレックス制を私に適用してくれた。
職場運という点では、私は本当に恵まれていたと思う。
何より大きかったのは、娘が私たちの離婚に対して何の不満も示さなかったことだ。
まさか私たちの意をくんでくれたわけでもないだろう。そんなことを理解できるような歳ではなかった。
それでも、文句ひとつも言わずに私一人との日常を受け入れてくれた小さな娘に、私は感謝していた。
今になってみると、娘がこれだけ大きな環境の変化を違和感なく受け入れたということが、そのまま妻の言葉の正しさを証明していたようなものなのだが。
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必死に毎日を送っているうちに、あっけなく月日は経っていった。
娘もとっくの昔に学校にあがっていて、優等生ぶりを発揮していた。
育つ過程でトラブルがあったにもかかわらず、素直な良い子と教師が絶賛するほどで、成績の優秀さはもちろん、素行の面でも褒められたことしかなかったようだ。
その上、娘は親の身びいきを差し引いても、可憐な見た目をしていた。あの当時でさえ同級生の中では別格扱いだったらしい。
将来は、さぞかしモテるようになることだろう。父としての私は、むしろそれによって素行が悪くなることを心配していたくらいだった。
なんとも呑気な悩みだったし、平和な時代だった。
けれど、そんな時代は長くは続かなかった。
娘が成長すればするほど、私はある違和感を感じるようになっていった。
親離れの兆候が、まったく感じられないのだ。それ相応の歳になっても反抗期らしきそぶりもない。
それどころか、娘の態度は私に対して円満すぎたのだ。
「お父さん、お風呂入ろうよ」
「ああ…じゃあ、着替え持ってきなさい」
「はーい」
無邪気と言えば聞こえはいいし、これが小さい子なら何の問題もない。
だが、娘はその頃にはもう、小さいと呼べる歳ではなくなっていた。
取り立てて成長が早いというほどではなかったけれど、それでも胸は膨らみ始めていたし、陰毛も少なくはあったけれど着実に生え揃ってきていた。
自分の娘が少しずつ大人になっていき、同時に親との距離が出来ていく、本来ならそういう年頃だ。
その当然の過程が、娘にはない。それどころか、娘の態度は小さい頃にも増して私に対して親密なものになっていた。自分から父親に腕を絡めて風呂場の脱衣場に向かう娘がいるなんて、私は聞いたことがない。
寂しい思いをさせられることは覚悟していただけに、私は拍子抜けすると同時に心配になった。
何かがおかしい。
反抗しないのは親としては都合がいいのだけれど、そんなこととは全く別の次元で、娘の様子は度を超えていた。
育児の方法をどこかで間違えてしまったのではないか、とさえ思った。
だが、正直に告白しまうと、私はある種の嬉しさを禁じ得なかった。娘の態度が徐々におかしくなっていくのは理解しながらだ。
もちろん、単に娘との仲が良好なことを喜ぶという部分もあった。
この程度なら、似たような思いを感じたことのある育児経験者は多いだろう。
私が違ったのは、その先があったことだ。
自分でも吐き気がするが、美しく成長していく娘に、私は女としての魅力を見出し始めていたのだ。
「お父さん、今日学校でね、また褒められちゃったんだよ」
「そうか。本当にかなわないな。将来出世しすぎて、父さん会えなくなるかもな?」
「それほどじゃないよー。それに、そんなにあたし、親不孝じゃないよ」
脱衣所で、娘が制服を脱いでいく。
ブラウスのボタンがひとつひとつ外され、露わになるほのかな胸の膨らみ。
続けて、スカートや下着も脱ぎ捨てる。かなり細めだけれど、子供のそれとは明らかに違う起伏とつややかさをもった下半身が現れた。
娘の裸体は、未成熟ではあったけれど、女と呼ぶにふさわしいものになっていた。
「さ、お父さんも早く脱いで。背中流してあげるよ」
「はは、そこまではいいよ」
風呂に入り、お互いにお湯をかぶり、二人で浴槽に浸かる。
新築するときに風呂には面積を取ったから、大きくなった娘と入っても、それほど窮屈という感じはしない。
それでも、一緒に入るとお互いの体が触れ合うのは避けられなかった。
「お前が小さなころはもうちょっと余裕もあったんだがな」
「別にいいじゃない。問題なく入れてるんだから」
浴槽の中で向かい合わせになって、娘が言う。
立ち上る湯気の中、娘の顔はほのかに熱で赤らんでいた。元が白いだけに目立つ。
お湯の中で、娘の薄い陰毛がゆらゆらと揺れていた。
その陰毛の向こうに、娘の女性器が見えている。
すこし膨らんだそれは、着実に女としての機能を整えつつあるのがわかる。
できるだけ見ないようにしてはいたが、私は自制心を必死で働かせるのが常だった。
父親として娘のことを思うなら、ここで専門家にでも話を聞きに行くべきだったのかもしれない。
他人と話したことはないが、風呂だけならまだしも、ここまで成長した娘と一緒に浴槽にまで入ったりしたりするのが一般的なことだとは私には到底思えなかった。
だが、事実として私はそうしなかった。まだ何をしたわけでもない。許容範囲内だ。そう自分に言い聞かせながら、娘の姿に骨抜きになっていたのだ。
そのことについては、弁解の余地もない。
今となってはそんなふうに悩んでいた頃でさえ、遥か遠い昔のように思える。
それは、私と娘が外面的な意味だけではあっても、かろうじて許容範囲と言える親子関係を保てた、最後の時期だった。
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同級生に影響されたらしく、その頃から、娘は下着を自分で買いに行くようになった。
私から見れば、それは親離れの様子がない娘に芽生えた、数少ない自立心の表れのように思えた。
父としての私は、嬉しい気持ちで娘の行動を見守った。
ただ、その一方で、男としての私はまた別だった。
「みて、お父さん。どうかな」
「あ、ああ…似合ってるよ」
部屋で恥ずかしげもなく下着姿を見せつける美しい娘に、私は劣情を抱かずにはいられなかったのだ。
娘に責任を着せるつもりは毛頭ない。結局、私は男としての本性を親としての立場で消し去ることができなかったのだ。
親としての人格と、男としての人格が分離していくような錯覚さえ覚えていた。
高額な小遣いを与えていたつもりはないけれど、娘にとっては十分だったらしい。
その範囲内で、娘は父親の私も驚くほどに色々な下着を揃え始めた。
本人に言わせると「ハマっちゃった」ということになるらしい。
娘にとって下着はかなり惹かれるものがあったようで、上着やスカートはそっちのけで下着ばかりを買ってくるのだ。
女物の下着がそんなに安いとも思えなかったが、それだけに絞るのであれば限られた小遣いでも思いのほか何とかなるようだった。
娘は一枚一枚を買ってくるなり、それを身に着けた自分の姿を、まるで誇示するように私に披露した。
率直な感想を言えば、年齢不相応ではあった。安価さゆえに甘美さはないものの、とても大人びた下着が大半なのだ。
影響を受けたという同級生たちが引かないか、私は心配になったほどだった。
だが、趣味はよかった。ふと、別れた妻の趣味に似ているなと思った。
それまで考えたこともなかったが、妻も下着集めは好きだったから、そういうところの感性は遺伝したのかもしれない。
ただ、それだからこそ余計に、私の症状は悪化していった。
ますます娘が、一人の女として見えるようになっていく。
これではいけないと自分を何度も叱ったが、どうにもならなかった。
さらに悪いことに、娘の私に対する態度も、その頃を境により常軌を逸していった。
「お父さん、一緒に寝ようよ」
そういって、抱き着かんばかりの勢いで私のベッドにもぐりこんでくるのだ。
離婚前に買ったダブルベッドをそのまま使っていたから、わるいことに娘と寝るにはスペースは十分すぎるほどだった。
しかも、ただもぐりこんでくるだけではない。
「お父さんの身体、大きいね」
そう言いながら、背後から私の胸元や肩口に手を伸ばしてくるのだ。
ここまでくると、私ももう自分をごまかせなかった。許容範囲などでは断じてない。
だが、私はそれでも、何の手も打たなかった。
このままいったら後戻りできなくなる日がやってくるのはそう遠くない。それを感じていながらだ。
これだけでももはや父親失格と言ってよかったが、それ以上にこの頃には父としての自分を、男としての本能が凌駕しつつあった。
娘に背を向けてごまかしながらも、私は自らの肉棒が、かすかにではあるが脈打ち始めるのを感じるようになっていたのだ。
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だから、あの夜の娘の行動を、何も言わずに受け止めてしまったのは、予期されたことではあったのだ。
時期は夏の終わりごろ。休日を翌日に控えた金曜のことだった。
私は、夕方ごろ家に帰ってきて、娘との夕食を作り始めた。娘の好物は熟知していたし、もう手馴れたものだ。
最近はめっきり活用することもなくなっていたフレックス制だったけれど、仕事の閑散期だったのでその恩恵に預かったというわけだ。
久しぶりに娘に手料理でも振る舞いながらゆっくりするのも悪くないと思ったのだ。
陽が沈み、セミのうるさい声がようやくやんだ頃、娘は帰ってきた。
「ただいま!お父さん、今日は早いね?」
「お帰り。たまにはお前とゆっくり食事でもしたいと思ってね。ここしばらくせわしない食事ばかりだったし」
「わあ、楽しみ」
娘は、私の言葉に笑顔を浮かべた。この場面だけをみるなら、ただの無邪気な娘と父親のやりとりに過ぎない。
娘の行動がエスカレートしていたさなかだっただけに、本能抜きの、父親としての純粋な気持ちで娘に接すのは久しぶりだった。
みれば、制服姿の娘は汗まみれだった。
制汗スプレーを常に持ち歩いてはいたが、その程度ではどうにもならないほど、蒸し暑かった。
「それにしても…食事の前にシャワーでも浴びたらどうだ?」
「うーん。どうせならお風呂入っちゃうよ」
「そうか」
「お父さんは、食事の準備できたの?」
「ああ…あとは最後の一品だけってところだな」
「じゃあ、一緒に入ろうよ。お父さんも、汗かいてるよ?」
冷房はかけていたが、言われてみれば私の肌には汗が噴き出していた。
料理に熱中して気が付いていなかったが、室内の温度も思ったよりも上がっている。
かなり火を使った上、換気扇からは熱風が吹き込んできていたから、やむを得ない。
「そうだな…あとはそう手がかかるものでもないし、そうするか」
「それがいいよ。冷房もその方が効くでしょ」
「気を遣わせたか?」
「そういうわけじゃないよ。じゃあ、着替え持ってくるね」
背を向けて、自分の部屋に向かう娘。
身をひるがえした拍子に、制服の短いチェックスカートがひらりと浮き上がった。
本人はなんとも思っていないようだが、親の立場でいうと、何度みてもこの制服はどうにかならないのかと思う。
娘は別に、規則違反をしているわけではない。元のスカートの丈が短すぎるのだ。
上半身についてはありふれた白いブラウスだが、この季節は冬のような上着も用意されていない。
下着の透けの激しいブラウスと短いスカートの組み合わせは、同級生の男子たちにはさぞかし扇情的だろう。
そのあたりを学校はどう考えているのか。
もっとも、それはあくまでも親としての私の見解に過ぎなかった。
娘の背中を背後から見たとたん、最近めっきり存在感を増した、男としての私が目を覚ました。
背を向けた娘の姿に煽られたのは、私も同様だったのだ。
最近買ったと言っていた、水色のキャミソールと、同じ色のブラジャーの紐。
それが、しっとりと湿ったブラウスの下にくっきりと透けていた。
娘も付き合いは下手な方ではない。枚数はそんなに多くなかったが、学校向けの下着も少しずつは買っていた。
可愛らしさを重視した、同級生の女の子たちに見せても突っ込まれない下着。
そのうちの1セットがそれだったが、もともと大人びた趣味の娘だ。同世代の子たちが違和感を覚えない、ギリギリの線だった。
そして、それだけにそのセットは私にとっても十分な色気を持っていたのだ。
大きくなったな。私が抱いたその感想には、純粋な意味での感慨と、それを覆いつくすほどの不純さが同時に含まれていた。
ただ、その日不純なことを考えていたのは、私だけではなかった。
週末な上に、思いがけず私が早く帰宅したことで、気分が高揚してしまったのかもしれない。
おそらくは、その高揚感が娘を後押ししたのだと思う。意図せず、私は娘に行動を起こさせるのに、絶好のおぜん立てをしてしまったのだ。
その証拠に、着替えを持って降りてきた娘の行動は、普段以上に積極的になっていた。
腕を絡める時も、本格的に組んだ腕を押し付けてくる。脱衣場では、矢継ぎ早にブラウスもスカートも脱ぎ捨てたあと、私の服を脱ぐのを手伝おうとさえした。
ヒヤヒヤした。それは私の父親としての最後の良識によるものだったと言っていい。
けれどもうそれは、私の心の動きのうちごく一部を占めるものでしかなくなっていた。